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福岡高等裁判所 昭和32年(ウ)200号 決定

申立人 (本案被告控訴人) 足達正雄

訴訟代理人 清水正雄

相手方 (本案原告被控訴人) 松本ツルヨ

訴訟代理人 徳永平次

主文

申立人と相手方間の福岡地方裁判所小倉支部昭和二八年(ワ)第九五一号家屋明渡請求事件(当裁判所昭和三二年(ネ)第七八号家屋明渡等請求控訴事件)の判決正本に対し同年八月一五日当裁判所書記官補榎田栄が付与した執行文はこれを取り消す。

右の執行文付の執行力ある正本に基く強制執行は許さない。

申立費用は相手方の負担とする

事実

一  申立人の主張

申立人は主文第一、二項同旨の裁判を求め

(1)相手方は申立人を相手取り福岡地方裁判所小倉支部に家屋明渡の訴を提起し、同庁昭和二八年(ワ)第九五一号事件として係属したが申立人敗訴の判決が言渡された。そこで申立人はこの判決に対し昭和三一年一一月二二日附で適法に控訴をなし、福岡高等裁判所同三二年(ネ)第七八号事件として同裁判所に係属中、申立人は昭和三二年一月二八日関税法違反被告事件の有罪確定判決の執行のため、小倉刑務所に突然収監された。(2) これより先申立人の妻マスヱは、昭和三一年二月二三日夫たる申立人の家を出て別居し、同年三月二七日協議離婚の届出をなし、実家の氏山田を称して復籍したので、申立人の収監された後は、申立人の肩書住居には誰も居住しないようになつたため、申立人は人を介してその旨福岡高等裁判所に届け出て、今後訴訟書類の送達は、すべて小倉刑務所長に対しなされるよう申し出たのである。しかるに、申立人は同裁判所から訴訟書類・期日呼出状などの送達を受けたことがなく、控訴事件の進行状態は一切不明であつたところ、昭和三二年八月二六日申立人が小倉刑務所を仮出獄により出所して、はじめて、同年六月二九日控訴棄却の判決言渡を受け、その正本が申立人の肩書住居にあて送達され、これを申立人が受領している形式になつていることを了知した。(3) よつて申立人は同年八月三〇日同裁判所に上告状を差し出すと共に前記事情を主張し証拠を提出したのである。すなわち前示判決はいまだ確定していないのにかかわらず、主文第一項のようにこれに執行文を付与したのは違法である。

二  申立人の証拠 甲第一号証から第三号証まで。証人生島美与の証言申立本人の尋問の結果

三  相手方の答弁 申立却下の裁判を求め、

申立人主張の訴訟事件につき福岡高等裁判所から申立人に対し訴訟書類・期日呼出状が送達された当時申立人が小倉刑務所に服役のため在監中であつたことは認めるが、同裁判所に対し主張のような届出をなしたことは否認する。申立人が在監中申立人の住所にはその妻が居住しており、右裁判所からの送達はすべて申立人の住所にあて郵便により送達されているので、その送達は適法である。

理由

申立人主張の(1) の事実(2) の事実の中主張の日申立人が小倉刑務所から仮出獄により出所したこと、(3) に記載の日上告状を当裁判所に差し出したことは、当裁判所昭和三二年(ネ)第七八号事件記録(同年(ネオ)第八六号事件を含む)並びに各公文書であるから真正に成立したものと認める甲第二・三号証により認めうるところであり、これによると申立人は、昭和三二年一月二八日から同年八月二六日まで引き続き小倉刑務所に服役在監したものと推認されるところ、右第七八号控訴事件記録によれば、当裁判所が昭和三二年六月二九日言渡した控訴棄却の判決の送達は、申立人に対しその在監中申立人の肩書住所にあて郵便によりなされ、同年七月一九日あたかも申立人自身が右住所においてこれを受領したかのような趣旨の郵便送達報告書が作成されて、当裁判所に提出されていることが認められる。ところで、民訴第一六八条によれば、在監者に対する送達は監獄の長に対してなすべく、たとえ、当事者が訴状・控訴状等に自己の住所・住居等を表示して訴訟進行中収監されて在監者となり、その届出がないため、裁判所書記官においてそのことに気付かない場合といえども、(申立人が主張事実(2) 記載のように当裁判所に届出をなしたとの点については、これに副う甲第一号証、証人生島美与・申立本人の供述は信用しないし、他に証拠はない。)前示法条の適用が否定される合理的根拠はないので、本件前示判決正本の送達は結局違法であると解するの外はない。けだし、以上の各認定事実及び証人生島美与の証言の一部によると、本件判決正本は民訴第一七一条第一項所掲の者において交付を受けたものと推認されるところ、同条第一・二項を同第一六九条第一七〇条第一七二条第一七三条第一六〇条等の諸規定と比照検討すれば、第一七一条第一項は受送達者の住所・居所・営業所・事務所等の送達をなすべき場所に受送達者本人が居在することを前提し、同上の場所で当該本人に出会つたときは、真接受送達者本人に書類を交付して送達し得べき場合に、偶々受送達者本人が、送達当時外出不在等のため、執行吏・郵便集配人が同上の場所で本人に出会わないときに(従つて執行吏等は受送達者本人が同上の場所に居在するか否かを確かむべき職責を有し、居在することを確かめた上で書類を同条項の者に交付すべきは当然で漫然同条項の者に交付すべきものではない。)同条項所掲の者に書類を交付して送達しうることを規定したものであつて、在監者の住所・居所・営業所・事務所等が同条項の同人に対する送達をなすべき場所と解し得ないことは、民訴第一六八条の規定と対比すれば明白であるからである。これと反対に在監の事実を裁判所に届け出るか、在監者たることが裁判所に明らかでないかぎり、民訴第一六八条の適用がなく、第一七一条第一・二項従つて亦第一七二条の適用を妨げないと解すれば、特に第一七二条による送達の場合は即時抗告・特別抗告(再抗告)のように不服申立期間が一週間とか五日とか短かい不変期間の場合においては、民訴第一五九条による救済方法があるとはいつても、非在監者と異なり弁護士を代理人に選任する時間的余裕等のとぼしい関係からしても不服を申し立てる当事者(抗告人)の権利を正当に保護し得ないうらみがあることは否定することができない。

要するに本件判決正本の送達は結局違法たるを免れないので、本件執行文の付与は、当裁判所の判決がいまだ確定していないのにかかわらずこれに執行文を付与したことに帰着するのであつて、このことは以上説示するところに徴し明らかである。

よつて申立費用の負担につき民訴第八九条を準用し主文の通り決定する。

(裁判長裁判官 鹿島重夫 裁判官 秦亘 裁判官 山本茂)

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